1993年11月号の障害者の福祉に掲載されたレポートです

パソコン通信には、サポートシステムが必要

 

−福祉機器の開発とあわせて社会システムとしての支援体制の確立を−
障害者とワープロ・パソコン通信研究会

 

1.家の中が外になる

近年、ワープロやファックスの普及によって、身体に障害のある人たち、特に言語障害や肢体障害をもつ人たちの表現手段が徐々に整備されてきています。ところが、移動の手段がまだ充分に保障されていない障害者にとって、そうした表現や情報を伝達する手段に乏しいのが現実です。

こうした状況におけるコミュニケーション手段として、パソコン通信に期待する声もあちこちで聞かれるようになってきました。しかし現実には、障害者のパソコン通信利用はそれほど一般化していません。

障害を持つ人達のコミュニケーション手段として有効なツールであるはずのパソコン通信が、なぜゆえにそれほど一般化していないのでしょうか。

私たち「障害者とワープロ・パソコン通信研究会」(注1)は、パソコン通信を使っている障害者、ワープロ・パソコンなどを活用しているがパソコン通信を使っていない人たちを中心に調査を行い、今後パソコン通信が広く有効に活用されるためにはどのような機材や支援システムが必要なのか考える時期にきているのではないか、あわせて、そのような研究の成果をもとに、具体的に活動して行く必要があるのではないかと考えました。そこで、今年度から次のような柱で活動を始めました。

1障害者のニーズ調査

2障害者を対象とした既存のパソコン通信ネットの現状把握

3アクセシビリティ機器調査

4実験的サポート

5障害者や本テーマに関心のある人々に広くよびかけた「拡大研究会」

 

2.障害者の生活とコミュニケーション

 

拡大研究会に参加しているAさんは39才。脳性マヒの障害をもつ全身性の障害者です。

Aさんは、「就学免除」を受け、親元を離れ、障害児施設で生活をしながら併設の養護学校に通いました。

5年生のとき、訓練メニューが終了し、在宅となり、養護学校の中等部に2年生として入学。小学校の勉強は小学5年でとまっていたので、中学の勉強についていけませんでした。

高等部卒業前にいくつかの施設で実習をしましたが、どの施設からも「作業能力」を理由に入所を断られました。卒業後は訓練施設にいきましたが、入所8か月目で訓練メニューがなくなり、最低限できることとして、マヒした両手でネジ回しをすることだけが唯一の日課となりました。当時の施設などの作業内容は単純労働が多く、学校でも施設でもその作業をこなせるかどうかで評価を下すのはしかたのないことではありました。そのような施設でも創造的な作業はありましたが、ある程度の「作業能力」が前提となりますので、Aさんのような全身性の障害者にとっては越えられない「壁」でした。

そこでAさんは自らの生きる価値を獲得するために、地域の中で生きることを始めました。自分の姿をさらし、ボランティアや公的な介助を受けながら最初は仲間と、そして後には一人で暮らし始めました。社会はどう自分を受け止めるのか、自分は社会にどう働きかけたらいいのかを探りだすためでした。

地域での自立生活を成り立たせるために武器になったのはワープロでした。鉛筆やボールペンなどの自筆が困難だったAさんは、ワープロではじめて「文字」を獲得し、それを使ってビラをつくっては配り、ボランティアを集めました。施設や学校以外の場所で社会に触れ、健常者と話し、障害を持つ仲間と語りあいました。また自分の自立生活にとどまらず、Aさんは障害者が社会に積極的に参加するためのグループをつくり、交流コンサートやリサイクルバザーなどを企画し、障害者のグループ活動、健常者との交流活動をすすめています。そして今Aさんはワープロによる「文字」の獲得に続き、パソコンを使って「音」や「絵」を獲得し、さらにパソコン通信を使っての「双方向のコミュニケーション」の獲得を考えています。「パソコン情報活動事業」を立ち上げ、障害をもっていても「作業能力」を発揮し、健常者と同等の社会参加を可能にさせることを考えています。事業の内容はまだ、未知数ですがAさんにとってパソコンやパソコン通信は必要不可欠のものとなってきています。

Aさんの事例が示すとおり、ワープロと言う科学技術の粋を集めた機器に出会うことによって、その生活は劇的に変化しますが、多くの障害者は、Aさんと同様に、ワープロやパソコン、パソコン通信のようなハイテク機器に対する訓練は受けてきていないと言えるのではないでしょうか。さらにAさんの場合、「パソコン情報活動事業の開設へ向けて、今後の活動目標にして行きたい」と自分の道を切り開き、積極的に活動していくことでしょうが、一般的には、例を引くまでもなく、障害者の場合、情報から孤立し、社会的にも孤立していると言っていいでしょう。

最近のプログラマー養成コースなどを受けることのできる障害者は、社会的な活動をする可能性があるといえるでしょう。障害者のノーマライゼーションを考えた時、今後積極的に取り組まれなければなりませんが、しかし、ワープロ・パソコン通信などで双方向コミュニケーションをよりいっそう必要としている人達は、社会的に孤立している障害者であると言えましょう。

 

3.パソコン通信ネットへの参加者たち

 

さて、障害者を対象としたパソコン通信ネットは既に存在しています。また恒常的に運営していなくても、社会福祉協議会や障害者団体が主催する全国大会において、一時的にホストを開設し、全国からの意見を集約しているものもあります。

特に障害者自身が運営しているネットでは、会員のアクティブなコミュニケーションや情報交換が行われています。参加している障害者の多くは、「友達が増えた」「障害を気にしないでコミュニケーションができる」など「参加することにより自分の世界が広がった」ことを感想としてあげています。

しかし一方、こうしたネットの対象は、パソコン通信ができる障害者であり、参加するまでの様々な手続きや技術習得、改良機器の取得等は障害者の個人的な努力に任されているのが現状です。そして、参加している障害者からは「自分たちはアクセスできているからいいが、パソコン通信がコミュニケーションに有効なのがわかっていても、パソコン、ワープロ、モデムなどの知識のある人が周りにいなくてアクセスできない人もいる。そういう人こそ、一般的に日常生活でもコミュニケーションの機会は少ないと思われ、パソコン通信が活用されてもいい。」との意見も聞かれました。

 

4.パソコン通信活用に向けての「ハードル」

 

私たちの主催する拡大研究会では、障害者と技術者のギャップが見られたことがあります。障害当事者である参加者と、パソコン等に関する知識が豊富で協力を申し出てくれる参加者の間に認識のズレがありました。例えば、障害当事者の就労や人的ネットワークの機会拡大を求める発言と、専門的な技術やアクセスビリティ機器に関する発言がかみあわない、ということもありました。しかし議論を深めていくにしたがって、本テーマに関しては、お互いの考えや情報を共有しながら共同作業を進めていく必要性が認識されつつあり、時間をかけて信頼関係を築くことが重要となってきています。

いいかえれば、技術者と障害者が向き合い、障害者の実生活の視点にたってワープロ・パソコン通信を障害者のコミュニケーション手段として獲得しようという活動のスタートラインに立ったと言えます。

拡大研究会では、他にも次のような意見も聞かれました。

・現状のワープロ・パソコン通信は、だれでも使えるように現状のシステムはなっていない。操作方法がメーカーや機種によって異なる。通信ネットもホストプログラムによって操作方法が異なる。ハードやソフトの共通性の拡大が求められる。

・パソコン教室等の障害者対象の専門的カリキュラムを持った講座が少ない。近所に教室がない。一般の講座は受講料が高額である。

・講座受講等のための移動に必要な介助者が不在である。

・一部のパソコン販売会社等で行われている、最後まで責任を持つというユーザー・サポートシステムは例外的な存在。公的サポートに発展する可能性は皆無か。

・情報環境をインフラ(社会基盤)として整備するには、ハード(ネットワーク、ホスト、ターミナル)、ソフト(利用ソフト、ホスト局のソフト)、マンパワー(利用者、運営者)の3つの基本要素をバランスよく整備する必要がある。ソフトの標準化、ガイドライン作成によってネット相互の共通化を図り、市民に対して公平なアクセシビリティが保障されるべきである。個人に依存する双方向のコミュニケーションであるだけに利用者自身の情報マインドの養成も求められる。

以上のことから私たちが知り得たことは、ワープロパソコン通信が、本当にワープロ・パソコン通信を必要としている、社会的に孤立している障害者に浸透するまでには、こえなければならないハードルが多いと言うことです。

 

5.電話・ファックス並にしたい

 

パソコン通信をしたいと思ったとき、ハードの面では、「電話との接続方法は」「モデムとパソコンのつなぎかたは」、ソフトの面では、「どうやって動かすの」「モデムの設定は」そして、ホストと繋がってから「好きな会議室に行くには」「あとでゆっくり読むために保存する方法は」「発言の方法は」「ホストが違うと操作が違う」など思い付くままにあげても、つまずく問題はたくさんあり、ダイヤルを回せば、相手にすぐつながり、話すことのできる電話や、紙をセットすればあとは機械がやってくれるファックスから比べると、日常生活の延長線で習得するのは難しいと言えます。

ハード・ソフトの面からマンマシンインターフェースを確立する研究開発が待たれると思いますが、それまで、障害者を待たせていていいのでしょうか。

商用ネットのPC-VANの、パソコン通信へのアクセスを助ける「パソコン通信お助け部隊」という活動が紹介されたことがあります。こういったサポート体制は、障害者にとっては必要なものの一つといえるでしょう。また、こういったことが、企業や、公的機関において行われるようになれば、パソコン通信人口、障害者の社会参加は飛躍的に伸びるのではないかと思います。サポートの積み重ねによって、ワープロ・パソコン通信は使いやすいものになって行くことでしょう。

「障害者とワープロ・パソコン通信研究会」でも、横浜市川崎市を中心に、以下のような実験的支援システムの活動を開始しています。

・障害者がワープロ・パソコン通信を始めるに当たってのさまざまな相談

・機器等に詳しい人にサポート隊への登録をお願いし、障害者の相談に応じての派遣

・モデム等の貸出し

・パソコン通信ネット「ワンダーランド・かながわ」にボードを開設

さらに、パソコン通信をするための機材は年々値段的には下がってきているものの経済的にも負担が大きくなりがちな障害者にとって、機材の整備や電話料金等の経済的負担に関しては、公的助成や企業からの機器の提供等、根本的な対応が必要でしょう。

 

6.ワープロ・パソコン通信は何に役立つか

 

ニーズ調査や拡大研究会における障害当事者の意見をふりかえると、ワープロ・パソコン通信を、単にコミュニケーション手段ととらえるのではなく、就労の機会づくりや行動範囲を広げる機会づくり、とかなり幅広くとらえて期待していることがうかがえます。

つまり、ワープロ・パソコン通信を、「外出が困難な障害者のコミュニケーション手段」ととらえるべきでなく、社会への参加の解き口として活用されていいと思います。

その時支援者は、障害者がワープロ・パソコン通信をできるように支援するだけではなく、ワープロ・パソコン通信が何に役立つかを障害当事者とともに考え行動することも必要だと思います。

(注1)「障害者とワープロ・パソコン通信研究会」は1993年度財団法人電気通信普及財団の研究助成を受けています。