パソコン通信は第二の人生を開く

−メロウ・フォーラム中村克己さん(横浜市大倉山在住八一歳)に聞く


このレポートはかながわともしび財団の季刊誌「ともしび」(98年冬)に
掲載されたものです。

キーボードは指一本で

 「私だってキーボードをたたくときは右手と左手の人差し指一本ずつですよ。それでいいんです。」

 ふちの太いめがねの奥で暖かな目が、まるでいたずらっ子のようにきらきら光っています。中村克己さんは八十一歳。

 「ちょっとやってみましょうか。」といって中村さんはコンピュータの電源を入れ、マウスを使っていとも簡単にパソコン通信「ニフティ・サーブ」に接続してしまいました。

 パソコン通信人口の八割は二十代から三十代です。そんな中で中村さんは会員の八割が五十代以上の中高年というニフティサーブの「メロウ・フォーラム」に発足から関わっている中心的存在の一人です。

 

メロウ・フォーラムは生活の軸

 メロウ・フォーラムには「生死について」「定年後の生きがい」「中高年の健康」など二十の会議室があって、大変活発に意見交換が行われています。それらが、どこかの講師から話を聞くというのではなく、同じパソコン通信をしている仲間のネットワーカーの何気ない書き込みから時には共感し、時には反論する中で、生活の指針の一つと昇華していくようです。

 「追憶博物館」という記憶を呼び経験、体験などを記録して保存し、現代の”語り部”となろうという会議室もあります。

 「メロウ・フォーラム上でもパソコンの教室みたいなものがあって、実際に会場を借りて教えてもくれますが、私の場合パソコンのセットは詳しい孫にやってもらいます。中高年にとってパソコンは難しいというでしょ。何でもかんでも自分でやろうと思うから難しくなる。私がやりたいのは、今まで知らなかった人たちとのコミュニケーションです。それでいいのです。だからパソコン機能の十分の一も使っていないかも知れませんね。」

 

 中村さんがパソコンの画面を通じて読む発言は一日で百五十件になります。朝起きるとパソコンに電源を入れて、まだ読んでいない発言をメロウ・フォーラムから自動的にパソコンに引き落とします。朝食の後に、もしくはその前にじっくり読んで返事を書きます。読むのに熱中して食事を忘れることもあります。昼食の前に引き落とし、夕食の前に引き落とし・・・一日に四・五回落としじっくり読みます。一回につき、三十件の発言を読む。必要なら返事を書くのですからメロウ・フォーラムが生活の軸になっているようです。

 「そうですね。それ以外にこんな発言があったけどどうしようかなどと電話がかかってくることもしょっちゅうです。連れあいが五年前に他界したけど、一人ぼっちという気がしませんね。これもメロウ・フォーラムのおかげかな。連れあいも通信してたんですよ。」

 

「固有名詞」の人に会いたくなる

通信をしていると、コンピュータの向こう側の人たちに会いたくなるものです。

メロウ・フォーラムでは、通信以外にみんなであうオフラインパーティが毎週のように開かれています。通信上であうことを電話線でつながっているのでオンラインといい、実際にあうことをラインにつながっていないからオフラインといいます。

 たとえば、オンライン俳壇という会議室の仲間が集まって句会が定期的に開かれます。ダンスの話題で盛り上がると、ダンス教室が開かれます。カラオケ大会、麻雀の集い、温泉旅行など。先日は中村さんの家で二〇人ぐらいが集まって、「聞き酒大会」をやりました。

通信をしていると家に閉じこもると考えるかも知れませんが、実は、通信によって「固有名詞」の人に会いたい、「固有名詞」の会に行きたいと思うようになります。「定年を迎えるとみんな自分の時間がたくさんあるのです。集まろうかというとたくさん集まってきます。初めて会う人でも、メロウ・フォーラム上で発言を読んだりしていますので、気心がだいたい分かっているから、すぐにうち解けてしまい、初対面の気まずさがありません。第二の人生で、これだけの気心の知れた仲間を作れる場所はあまりないのでは。みんなでバリ島に行ったときは、最高でした。『この辺はあの人に任しておけばいい』なんてね。」

 

広がりは世界にそして地域に

 こういったコミュニケーションの広がりはアメリカの「シニアネット」や韓国の「元老坊」との交流なども行われ、人を招いたり、こちらから出向いたりしています。

 「韓国では通信の機能に絞ったコンピュータをお年寄りに配って、電話料も無料にするという活動があります。その原資は、公衆電話で百円を入れて通話したときに発生するお釣り分を全国的に集めてそれに当てるというものです。日本でもできますよね。これなら」

国際交流のように大きな広がりを持つことと併せて、ネット上では、中村さんが主管する個人的な会議室「大正人クラブ」が話題です。同世代の人たちが地域や職業を越えて集える場所といえます。

 「地域の役員をやったこともあります。それはそれで大切なことなのですが、本筋とは関係のないことで陰から苦情がきたりして、やりたいことができないことが多かった。でもネット上では、目的を持ってきた人たちだし、すべて公開だからやりやすいですよ。今はもうパソコン通信のない生活なんて考えられない」

 ネット上で知り合った人が、自宅から歩いて四・五分のところにすんでいて、行き来するようになり、地域の縁とは違った「情報縁」とでもいえるもう一つのコミュニティが広がってきています。

 

これからも発信者

 「何でもゆっくりやったらいい。それに難しいことはやらないことです。私はパソコンを持っていても通信だけしかやりません。ゆくゆくは自分のホームページを作りたいとおもってますが・・・」

 自分の年が八〇歳になったことを人からいわれるまで気にしていなかった中村さんは、万年青年のように好奇心が旺盛です。

 「私はパソコン通信があるから孤独ではありません。全国にそしてこの地域にも仲間がいるから。もしどこかでしゅんとしている人がいたら、助けてあげたい。」

 眼鏡の奥の目がきらきらと光っています。

「考えを実行しうるルートに乗っている人に訴えたい。高機能でなくていいから、コミュニケーションに絞った安いパソコンがあるといいですね。それと私たちのような年代向けのパソコン教室も。そうすると多くの人が参加しやすくなる。」

中村さんのメロウ・フォーラム上のハンドルネームは「変蝠林」(へんぷくりん)です。「中庸に」という願いを込めて、今日もメロウ・フォーラムにアクセスしていることでしょう。