これまでそしてこれから

60歳

 定年を迎え、そして第2の定年も迎え、その後2年間を経て、フリーハンドの生活となりました。

 平成24年3月31日、35年勤めた神奈川県社会福祉事業団を定年退職しました。
皆さんには大変お世話になりました。
 縁をいただき、障害児・者施設にお勤めすることになりました。事業団に就職する前、アンクルムーニーでライブ活動をしていた頃、半年ほどアルバイトで当時の障害児施設にいたことがあります。そのことがボランティアとして福祉活動にかかわっていたわたしをより深く福祉の道に舵を切らせるきっかけとなりました。
 地域福祉活動には高校の頃から関わりがあり、大学の頃には二分脊椎児との交流があり、事業団で初めての職場は希望通り横浜愛泉ホームという隣保館での地域福祉活動でした。音楽を使った青少年健全育成、障害児との統合活動など、特にその頃ボランティアという言葉も珍しく、地域での中高生活動があまりなかった頃で、注目された活動でもありました。
 そして川崎愛泉ホームに転勤し学童保育、地域における障害児のたまりばづくり、デイサービスなど20年間地域福祉施設を経験した後、横須賀老人ホーム、湘南老人ホーム、横須賀養護老人ホームと老人関係、事業団定年を迎えました。
 定年間際は、川崎愛泉ホームの閉鎖とその場に建て替わる南部児童総合福祉施設(児童養護施設、保育園、地域交流スペース)の準備室、そして研修センター(認知症介護)勤務で事業団の経験は幕を閉じました。

 そして・・・図らずもわたしを福祉の専門家に変身させた障害児・者施設への再就職となりました。職業としては初めての経験で、不安と期待が入り交じり、定年を迎えた体でやっていけるのかなどと思い巡らしながらの5年間でしたが、皆さんに支えられながら、進めることが出来たと思います。

 

 ボランティア活動では、二分脊椎症児との活動を主にしていた「サークルとんぼ」、障がい者とワープロパソコン通信研究会、パソコンボランティア「ピアネット」などに関わってきました。

 パソコンボランティアの活動ではそれをまとめ、啓発できるのではと思って、毎日コミュニケーションから「障害者とMacintosh」を出版しました。他に共著の「市民メディア入門」もあります。

65歳

 第2の定年を迎え、またもや人の役に立つことが出来る機会を与えられた喜びの方が大きいです。周りの声に押され、自分を省みず仕事を続けました。65歳からは2年間、知的障害者の相談支援専門員として微力ながら活動を続けることができました。

70歳

 現在は、体調や伴うやる気を自分に聞きながら家のことやら、音楽活動を中心に、目に見える範囲の地域活動をのんびりしています。